身体の色々な話
5月9日、恋人との間にできた赤ちゃんを堕ろした。
淡々と血液検査や子宮内検査が行われ、自分もまた淡々とそれを処理してしまう事に何となく罪悪感を感じる。
中絶手術当日、初めて赤ちゃんの写真を見て、ああ、案外まだそこまで育ってなかったんだな、という事を知った。
それでも、ハムスターがひっくり返ったような我が子を見て、やっぱり可愛いと思ったし、この感情を抱いてからの即手術室に移動するのはなかなか辛いものがあった。
点滴の管を通され、腕に針が刺さり、3秒くらいで意識が無くなった。
次に目を開けた時には、手術室ですらなく、手術準備室のベッドに寝かされていた。
思わず飛び起きて、「えっ、もう終わったんですか、手術」と聞くと、看護師さんが何を当たり前な、と言った表情で「ええ、もう全部終わってミレーナも入っているので、ただまだ麻酔が効いていますから、もう少し休んでて良いですよ」と声をかけてくれた。
ミレーナ(IUD)を入れた。
避妊具の一種で、ピルと同等の効果があり、ピルよりも確実な避妊術でもある。
手術前に、これからの避妊はどうしますか、と聞かれ、ピルを考えているのですが、と答えると、喫煙者にはピルを処方できないんですよ、代わりにミレーナという物がありますが、どうしますか、というやり取りがあった。
子宮内に入れたIUDが黄体ホルモンを放出することにより、子宮内膜を薄くして、受精はしても着床はしない仕組みになっている。
その効果は一度入れれば五年間は保証される。
ただ、月経過多などの病気ではなく、避妊具として扱う場合は保険がきかないので値段が上がる。
それでも、五万くらいなので最終的にはピルよりもコストは掛からずに済む。
血栓症のリスクもかからず、毎日時間を気にして薬を飲まなくても良いなら、と即決した。
下世話な話、セックスは生派だしコンドームを使ったセックスなんて、最後にしたのいつだろう。
もう覚えてない。
よくよく考えたら、それで性病とかに一度もかからなかったのは奇跡と言えるくらいだ。
恋人とのセックスもすっかり中出しにハマってしまって、多分もう外出しとかに戻れない気がする。
私が無理。
完全に中出し中毒者なので、クズ、ここに極まれりって感じですね。
そんな訳で、私の子宮には今ミレーナが入っている。
まぁ、激痛でしたよ。
入れた初日は。
ラミナリアとどっこいどっこいくらい、いや、それ以上かも知れない。
痛みに悶える私を、恋人はずっと宥めてくれていた。
感謝しかないです、ありがとう。
身体に何かしらの事をしている。
19の頃、バイトと何となくの虚無感に襲われ、挙句家が本当に嫌で嫌で仕方なく、手首から肩までにかけてズタズタになった。
今となってはもう傷は残っていない、今でもあの頃は馬鹿だったなあ、と思う。
精神科で処方された薬をODしては発狂し、本当に狂ってたとしか言いようがない。
20の頃、ピアスを開けた。
デコピンくらいの痛さに拍子抜けした。
そして初めて子供を堕ろした。
術後検診をバックれた。
めんどくさかった。
23の時、ある思いから眼を整形した。
それから今までで合計4回中絶してる訳だが、私は頭が悪いんだと思う。
変な所だけ、頭が回る。でも、人生においてはとことん波乱万丈な癖に不器用。
不器用だから、波乱万丈になるのか。
何となく振り返っただけでも、色々あったな、と思う。
忘れっぽいのと、仕事に熱中してる時は仕事の事しか考えないから、過去なんて振り返ってる暇はねえとがむしゃらにやってたけど、休業中かつニートの今、時間ばかりあるのでよく過去の事を思い出すようになった。
すっかり忘れていた事が鮮明に浮かぶようになって、懐かしいやらしんどいやら、複雑な気持ちだ。
そして今度は、タトゥーを入れようと思う。
身体に何かしらしている。
ピアスも整形も一生モノで、それこそタトゥーも一生モノだ。
恋人は覚えているだろうか、まだ月2程度のデートでしか会えなくて、会う度に緊張していたあの頃。
とある居酒屋で、刺青と整形の話をしたことを。
恋人には、ガッツリ墨が入っている。
タトゥーなんてものではなく、刺青そのもの。
私にとってはとても美しく、格好いいなと思うものだけど、一般的には多少なりとも倦厭されてしまうもので。
そして私も整形の話をした。
私の眼は、ただの二重整形では無い事を。
昔一目惚れした、ある同級生の男の子の眼そっくりにデザインしてもらったこと、その眼に対する執着は凄まじかったということ、そして今でもそれを後悔はしていないということ。
恋人は、その時「勿論聞いて気持ちのいい話ではないけど、俺の墨も一生モンだし、お互い欠陥者同士でいいんじゃない?」と言ってくれた。
幾度となくこの人で良かったと思う事はあったが、この時も強くそう思ったのだった。
身体に何かしらのものを残すこと、傷になるかもしれないもの、それでも私は後悔はしないと思う。
恋人と毎日一緒に居て、毎日彼の刺青を見る。
見る度に綺麗だと思うし、自分も入れたいという欲求が強くなる。
けど、恋人は今まで私に「お前は彫ったらだめ」
と言われてきたので、我慢してたけど、やっぱり入れたくて入れたくて仕方なくなってしまった。
意外にもお許しを得たので、デザインをどうしようかなと色々調べてみた。
タトゥーにも意味があると、初めて知った。
ずっと幾何学模様が良いなと思っていたけど、意味を調べていったら、竹がいいなと思った。
本来は虎との組み合わせによる意味合いなのだけど、
「強い虎でも象と真正面からの戦いは不利であるが、竹藪に身を隠すことで有利になる。竹藪は体の大きい象は入りにくく、入れば武器である象牙が傷ついてしまう。虎にとって竹(竹藪)は、安息の地であり、安全地帯である」
らしい。
これを見て、あ、竹にしようと思った。
私が恋人にとって、安息の地でありますように。
これから先、何かあるかもしれない。
どんなカップルにだって、必ず倦怠期は来る訳で。
その時、もしかしたら浮気される事があるかも知れない。
それでも、帰ってくる場所が私でありますように。
普段強く見えるあの人が、弱音を吐ける、甘えられる安息の地が、私でありますように。
そんな願いを込めて、入れることにした。
虎(恋人)にとっての竹でありたい。
蝶も入れるつもり。これは単純に、恋人とのお揃いになるので。
虎との組み合わせが良いのが竹だけど、肝心の虎は御本人がいつも傍に居るから、入れなくていいかなと思っている。
絵として入れてしまったら、生きて傍に居る本人が過去のものになってしまいそうで。
私は自分の立ち位置の願いとして、竹を入れるのであって、本人を喩えたものそのものを入れるつもりは無いのである。
入れたものは消さない限り、一生傍に居るから、本人の喩え物は入れない方がいい。
だって本人が傍に居るんだもの。
一生居てくれると信じているから。
刻まれるのは「願い」だけでいい。
思い立ったが吉日タイプなので、調べるだけ調べたら即行で予約しようと思っている。
自分のやりたい事に対して、行動力が無駄にある。
代わりに、後で情報不足でしまった、と思うこともあるのだが。
それでも後悔したことは一度もない。
自分のしてきた行動に、後悔はない。
しない。
全て経験だったのだと思うようにしている。
繰り返した上で、これはもういいやと思ったものだけ切り捨てる。
一度で学ばないから、多分馬鹿なんだと思う
それでもこういう生き方しかできないんだもの
昔ある人に、
「貴方の生き方は三島由紀夫そのものだ」
と言われた事がある。
脈々とした血の匂いと、その癖不器用で変な所に意地を張り、無駄に肝が座っていて、自ら傷を負ってでも自分で経験しないと納得しない
傍目から見たら弱々しいが、追い詰められると鋭利な強さを発揮する
内なる強さは誰よりも強い
そんな事を、言われた事がある。
その通りだと思う。
多分、私は一生こんな事をし続けるし言い続けるのだと思う。
取り返しのつかないものに手を出しては納得していくのだと思う。
そしてたまに人生において嘆いては、またそれでも生きようとするのではないだろうか。
こんな文章を延々と書き連ねていくのではないだろうか。
それでも多分、一人になる事はなくて、
きっと恋人が傍に居るのだと信じている。
依存ではなく、ゆっくり、この先の時間を共に歩んでくれることを信じている。
まぁ、それも依存なのかもしれないけどね。
一生に(本来は)一度と言われる結婚を離婚とし、更には恋人という一人の人間に掛けたタトゥーまで入れようとしているのだから、とことん本気なんだなぁ、と
ぼんやり喫茶店に行って珈琲を飲みつつ、自転車で海を見ながら思ったことでした、まる